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最高裁判所第一小法廷 昭和32年(オ)25号 判決

上告人 宗近要吉

被上告人 山口県知事

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士原田左近の上告理由について。

しかし、原判決の確定した事実関係の下においては、田中利彦においても本件宅地の附帯買収申請権者中に含まれると解するのが相当であるとした原判決の判断を正当として是認することができる。されば、所論は採ることができない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 斉藤悠輔 入江俊郎 下飯坂潤夫)

上告理由

(一)(原判決認定事実の一部)

原審は当事者間に争ない事実及び原判決に挙示の証拠により、次の如き事実を認定した。

「訴外人田中利八はその先代の時から、控訴人の所有であつた徳山市戸田字降神二八六一番地宅地四十九坪を同人から賃借し、その地上に家屋を所有して農業経営に専念していたものであるが、年齢既に七十歳に垂んとして居り、息子利彦が四十歳に近く妻子と共に同居して、むしろ主力となつて農耕に従事し、家事も処理しているので、近い将来利彦を自己の後継者たらしめんとしている関係上、今次の農地改革に際し、従来小作していた戸田第三〇六〇番地田一反六畝九歩も、相談の上息子利彦が買受名義人となり、昭和二十年十月一日同人において、これが売渡を受けたので、右宅地も買収申請をする時、始め利八名義でしたが途中で利彦の名義に変えて申請をなし、同年十月二十六日戸田地区農地委員会もこれを了承し、自創法第十五条に基き右宅地の買収計画を樹立した」と云うのである。

(二)(右認定事実に基く原審の判定)

「訴外人田中利彦は自創法第十五条第一項第二号の自作農となるべきものではあるが、右宅地につき賃借権を有していない。けれども、同一世帯に属する父利八がこれを有し、近い将来その後継者として農業経営の主体となり、右宅地をも管理する関係にあることが明かであるから、かかる場合には利八の息子である利彦も右宅地の附帯買収申請権者に含まれると解するが相当である。従つて右利彦の申請により右宅地につき樹立した買収計画は適法である」と云うのである。

(三)(右判定の趣旨)

訴外人田中利彦は(1) 自創法第三条の規定により買収せられた農地につき、自作農となるべき者であつて、(2) 同人と同一世帯に属する父利八が右宅地の賃借権を有し、(3) 且つ利彦は近い将来父の後継者として農業経営の主体となり、右宅地を管理する立場にあるから、たとえ同人において、該宅地に対し賃貸権を有していないでも、右宅地の附帯買収申請権者である、との趣旨に帰する。

(四)(自創法第十五条第一項本文及同第二号の摘示)

(同条第一項本文)

「第三条の規定により買収する農地、若しくは第十六条の命令で定める農地に就き、自作農となるべき者又は当該農地につき所有権その他の権利を有する者が、左に掲げる農業用施設、水の使用に関する権利、立木、土地又は建物を政府において買収すべき旨の申請をした場合において、市町村農地委員会が、その申請を相当と認めたときは、政府はこれは買収する」

(同条第一項第二号)

「第三条の規定により買収する農地又は第十六条第一項の命令で定める農地に就き、自作農となるべき者が、賃借権、使用貸借による権利若しくは永小作権を有する牧野、賃借権、使用貸借による権利若しくは地上権を有する宅地又は賃借権を有する建物」

(五)(右法条の意義)

自創法第十五条は今次改革による農地買収に附帯して、更に買収しうる土地、物件、権利等に関する規定にして、その第一項本文は、附帯買収申請をなしうる者の資格(例えば、第三条の規定により買収する農地につき自作農となるべき者なぞ)、附帯買収の対象となるべき種目(例えば、第二号に掲げる土地建物なぞ)、その他申請の当否を決する機関等についての規定であつて、又本文第一項第二号は右買収対象の種目の内容(例へば、買収農地につき自作農となるべき者が賃借権を有する宅地なぞ)を規定していることは条文上まことに明白である。

(六)(原判決認定事実と本条)

原審の前示認定事実によれば、訴外人田中利彦は本条第一項本文により、同条第一項第二号に該当する宅地について買収申請をなしうる有資格者であるが、本件宅地は第二号に該当しない。何となれば自作農となるべき田中利彦が賃借権を有する宅地でないからである。従つて田中利彦が右宅地の買収申請をしても、之は自創法第十五条第一項第二号の規定に適合しないから、その申請を許容すべきものではない。しかるに戸田地区農地委員会が之を認めたのは全く右法条に違反する処分と云わねばならぬ。

(七)(前示原審の判定と本条)

上述の如く、原審が訴外人田中利彦の本件宅地買収申請を適法なりとした理由は(1) 同人が自作農となるべき者であること、(2) 同人と同一世帯に属する父利八が本件宅地に対し賃借権を有していること。(3) 利彦が近い将来父利八の後継者として農業経営の主体となり、右宅地を管理する立場にあること等である。これらの諸事実につき考察するに右の(1) 事実は、田中利彦が買収申請をするにつき必要な資格であつて、同人は勿論この資格を有していたのであるから、之は正しい。しかし右(2) (3) の事実に基く原審の判定は、結局田中利彦の同居の父利八が、宅地に対し賃借権を有し、近い将来息子の利彦に農業経営を譲つて、同人をしてその主体となし、右宅地も管理せしむる情況にあるので、かかる場合には、田中利彦も右宅地買収の申請権者に含まれると解するのが相当であると云うのであるが、左様な法規は自創法のどこにも存在しない。同法第十五条第一項第二号は、あくまで自作農となるべき者が、宅地に対し賃借権を有していることを要件としている。だから、右(2) (3) の事実は、田中利彦に本件宅地の附帯買収権あることにつき何等の理由とならない。元来右法規の趣旨は、自作農となるべき者の有する賃借権の効力として、その者に宅地買収申請権を附与したものと解するので妥当であつて、原審は全く右法規の解釈を誤つている。若し原判示の結論が正しいとすれば、上告人と田中利八間の賃貸借の効力が、利八と同一世帯にあり且つその息子であつても全く第三者であることに相違ない田中利彦にも及ぶ結果となるが、それにつき何等明確な法律上の説明がなく漫然と前示(2) (3) の如き事実をら列して、田中利彦が宅地買収申請権者に含まれると解するを相当とする旨判示したのは、理由不備の甚しいものであつて、賃貸借に関する法的秩序を濫るものと断ぜざるを得ない。

(八) (結言)

以上の理由により、原判決は自創法第十五条の解釈を誤り、之に違背している。仮りにそうでないとしても、判決に理由を附せず、又は理由に齟齬ある場合に該当するものであるから、すべからく、原判決を破棄し、之を原審に差戻さるべきものと信ずる。

以上

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